戦国時代から江戸時代初期にかけて南部氏の家臣。元亀2年(1571年)の「屋裏の変」では田子信直を保護し、南部晴政と対立。晴政の隠居後は晴継を補佐し、元服時には烏帽子親を務めた。天正10年(1582年)、晴継の死後は信直の擁立に尽力し、内政や外交を取り仕切った。天正15年(1587年)には前田利家を訪ねて豊臣秀吉に臣従の意思を示し、天正19年(1591年)の九戸政実の乱では秀吉に援軍を要請。慶長3年(1598年)、次男の死去により花巻城代に就任。翌年、南部信直の死後も側近として重用され、慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いでは東軍に与し、花巻城を守備。慶長18年(1613年)、91歳で死去。没後、花巻は藩に接収された。











