系譜で辿る日本史

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那須資徳なすすけのり

那須資徳

那須氏25代当主

氏族藤原北家御子左流
生没1672年 - 1708年
位階
官職
幕府職下野烏山藩主

江戸時代前期から中期にかけての旗本・大名で、下野国烏山藩の2代藩主だった。天和3年(1683年)、母方の大叔父である那須資弥の養子となり、同年に徳川綱吉に御目見した。貞享4年(1687年)、資弥の死去により家督を継ぐが、同年10月に改易され、実父の許に預けられた。元禄13年(1700年)、津軽信政の働きかけにより旗本として復帰し、下野那須郡内に1000石を与えられた。宝永5年(1708年)には交代寄合となり、同年に37歳で死去した。那須家はその後も津軽家と関係を保ち続け、明治維新後、青森県に移住した。

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大浦光信

7親等祖先

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6親等祖先

南部光行

17親等祖先

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20親等祖先

加賀美遠光

18親等祖先

南部実光

16親等祖先

南部政行

11親等祖先

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