安土桃山時代から江戸時代前期に活躍した武将。父と共に各地を転戦し、石山合戦では天王寺城の守備を任されたが、結果が出せずに高野山へ入った。後に赦免され、信長の嫡男・信忠やその弟・信雄に仕えた。蟹江城主となり、賤ケ岳の戦い後は峯城も任された。小牧・長久手の戦いでは信雄方として活躍したが、蟹江城合戦で敗北。後に茶人として豊臣秀吉に仕え、朝鮮出兵では鉄砲製造を担当した。大坂の陣後は徳川秀忠に仕え、武蔵国で3,000石を与えられた。寛永8年(1632年)に江戸で死去した。子孫は旗本として存続した。
主な祖先
佐久間信栄の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫




