系譜で辿る日本史

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内藤信庸ないとうのぶつね

内藤信庸

江戸中期の旗本

氏族三河内藤氏
生没1714年 - 1782年
位階従五位下
官職 越前守
幕府職

江戸時代の旗本で、養嗣子として内藤信朋の遺領を継承。正徳4年(1714年)に生まれ、元文3年(1738年)に徳川吉宗に披露される。宝暦6年(1756年)には西の丸弓頭に就任し、布衣の着用を許される。西の丸小姓組番頭、本丸付を経て、従五位下越前守に叙任。明和2年(1765年)から書院番頭に転じ、安永4年(1775年)に辞職。天明元年(1781年)に江戸で没し、享年68。法名は正義で、墓所は三田魚籃寺。養嗣子の信智が早世したため、家督は信智の子信義が継承。娘は久世広景に嫁ぎ、外孫には筒井政憲がいる。

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