系譜で辿る日本史

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毛利親頼もうりちかより

毛利親頼

大野毛利家の7代当主

氏族称・藤原北家秀郷流山内首藤氏
生没1775年 - 1835年
位階
官職
幕府職

江戸時代中期、長州藩の一門家老として大野毛利家の7代目を務めた。安永5年(1777年)、父の死去により若くして家督を継ぎ、寛政4年(1792年)に萩中火防役、御留守居(家老)を歴任。さらに寛政11年(1799年)に江戸守居家老、享和2年(1802年)には江戸当役となった。毛利治親から偏諱を受け、以後5代の藩主に仕えた。文化11年(1814年)には郷校弘道館を設立し、家臣や子弟の教育に尽力。翌年には藩主斉広と将軍徳川家斉の娘和姫の婚礼の総奉行を務めた。天保6年(1835年)に61歳で没した。

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