享和3年(1803年)に一門家老の長男として生まれる。文政7年(1824年)、父の添役として江戸に下向し、将軍徳川家斉に拝謁する。天保6年(1835年)、父の死去に伴い家督を相続。安政2年(1855年)には相州浦賀警護総奉行を務める。元治元年(1864年)、禁門の変後に停戦交渉を担当し、責任者3人の切腹を求められる。慶応2年(1866年)、第二次長州征討で幕軍と抗戦。明治維新後、大野毛利家が爵位を受けなかった背景には、保守派に属していたことが影響したとされる。明治4年(1871年)に没する。享年69。









