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山野辺義芸やまのべよしつね

山野辺義芸

水戸藩家老

助川海防城主

氏族清和源氏最上氏庶流山野辺氏
生没1832年 - 1886年
位階従五位下
官職 主水正
幕府職

幕末期の水戸藩家老であった。助川海防城の3代城主として、嘉永2年(1849年)に家督を継ぎ、家老職に就く。天狗党の乱が起こった元治元年(1864年)には、尊王攘夷派とされたため執政を解かれる。仲介を試みるも天狗党側とみなされ、幕府に包囲され投降。助川海防城は落城し、家名断絶、知行地と館を没収された。禁錮後、明治元年(1868年)に官位を復され、水戸屋敷に住む。同年の弘道館戦争に参戦し、明治19年(1886年)に55歳で死去した。

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