系譜で辿る日本史

選択中の人物

一条兼良いちじょうかねよし

(後成恩寺)

一条兼良

一条家8代当主

准三宮

氏族藤原北家御堂流一条家
生没1402年 - 1481年
位階従一位
官職 摂政 関白 太政大臣
幕府職

室町時代から戦国時代初期にかけて活躍した公卿・古典学者。一条経嗣の六男で、数々の高位に就任するが、政治的には不遇の時期も多かった。学者としての名声は非常に高く、『日本書紀纂疏』や『花鳥余情』などの著作を残す。特に古典研究で成果を挙げ、幅広い分野に精通した。応仁の乱では邸宅を焼失し、一時奈良に身を寄せたが、その後も学問に励む。晩年、足利義尚や日野富子に庇護され、講義や著作を通じて多くの人々に影響を与えた。80歳で亡くなるまで精力的に活動し、その死は「五百年来この才学無し」と惜しまれた。墓は京都東山東福寺常楽院にある。

更新