仁明天皇の第四皇子である人康親王は、承和12年(845年)に元服し、官位は四品・弾正尹に至る。文徳朝では上総太守や常陸太守を歴任し、貞観元年(859年)には病気を理由に出家し法性と号した。出家後は京都山科に山荘を構え隠棲し、山科宮と称される。琵琶の名手としても知られ、座頭や琵琶法師の祖とされた。貞観14年(872年)に42歳で薨去。江戸時代には彼の霊を慰めるため、琵琶法師が集まり演奏を行った。山科区には人康親王に纏わる史跡が残り、山荘跡や墓、供養塔が設けられている。
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人康親王の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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