系譜で辿る日本史

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日野資朝ひのすけとも

日野資朝

鎌倉後期の儒学者・茶人

氏族藤原北家真夏流嫡流日野家
生没1290年 - 1332年
位階従三位
官職 権中納言
幕府職

鎌倉時代後期の公卿であった日野資朝は、才学によって上級貴族の公卿に昇進した。正和3年(1314年)、持明院統の花園天皇の蔵人に任ぜられた。後醍醐天皇の親政が始まると側近として重用されたが、このことで父と対立した。元亨4年(1324年)、倒幕計画を疑われ鎌倉へ送られ、佐渡島へ流罪となった(正中の変)。元弘2年(1332年)、佐渡で処刑された。資朝は茶会を主催し、文化史上で大きな役割を果たしたとされるが、『太平記』では討幕計画の一環として否定的に描かれている。徒然草には彼の大胆さを伝える逸話が記されている。

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