戦国時代から江戸時代初期に活躍した小山秀綱は、下野国祇園城の城主で、小山氏18代当主。享禄2年(1529年)に生まれ、永禄3年(1560年)頃に家督を継いだ。関東の戦乱の中で上杉謙信や北条氏康の間を行き来し、小山氏の存続を図った。天正4年(1576年)、北条氏照に祇園城を奪われ、佐竹義重のもとに身を寄せ、その後も城奪還を試みたが苦境が続いた。天正10年(1582年)、織田信長の介入で一時的に祇園城を取り戻すも、北条氏の支配下に置かれる。天正18年(1590年)小田原征伐で豊臣秀吉により改易され、戦国大名としての小山氏は滅亡。慶長7年(1602年)または慶長8年(1603年)に死去した。










