室町時代の武将である小笠原政康は、信濃守護の地位を巡る激動の中で活躍した。嘉慶2年(1388年)に元服し、応永12年(1405年)に兄から家督を継承。関東で発生した上杉禅秀の乱や、常陸国での戦いに参加し、足利将軍家に対する反抗勢力の抑え役として活躍した。永享8年(1436年)には村上頼清らを討伐し、信濃支配を一時的に確立した。嘉吉2年(1442年)、小県郡海野で死去。享年67。息子の宗康に家督を譲ったが、正式な譲状の欠如により後の家督争いを招いた。信濃支配の安定を目指し、広沢寺や筑摩神社を開基したが、小笠原氏はお家騒動に巻き込まれた。
主な祖先
小笠原政康の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫





















