安土桃山時代から江戸時代前期にかけての武将・大名。藤井松平家の3代当主。武将としては徳川家康の甥で、藤井松平家の養子となる。関ヶ原の戦い後、土浦城4万石を領し、後に江戸崎藩の事後処理にあたる。慶長8年(1603年)に安房守に叙任、翌年に土浦藩主となり、土浦城を改築するなど領内整備を進める。大坂の陣にも参戦。元和3年(1617年)には高崎城に転封され、さらに元和5年(1619年)に篠山城に移される。篠山への転封後、病弱であったため体調を崩し、翌年に京都で病死。享年41。長男・忠国と次男・忠晴の家系が藤井松平家を二分し、後の歴史に影響を与えた。





















