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政信系本多家9代
江戸時代後期の大名で、播磨国山崎藩第8代藩主。天保5年(1834年)、兄が病弱で隠居したため跡を継ぐ。藩財政再建を目指し、家臣を登用して倹約や金融改革を実施。幕末には大砲鋳造や海防に尽力し、第一次長州征討で功を挙げるが、第二次では軍費不足により出陣できず。学問奨励にも熱心で、藩校である思斉館を設立。戊辰戦争では当初幕府側に立とうとするも、新政府側に転じる。明治2年(1869年)に隠居し、明治7年(1874年)に63歳で没した。墓所は兵庫県宍粟市の大雲寺。
小笠原貞宗
18親等祖先
六角氏頼
17親等祖先
堀直寄
8親等祖先
織田信秀
10親等祖先
松平清康
9親等祖先
三浦義同
11親等祖先
徳川頼房
6親等祖先
養珠院
7親等祖先
本多忠勝
斯波高経