徳川茂承は、江戸時代末期から明治時代にかけて活躍した大名であり、政治家でもある。安政5年(1858年)、紀州藩の家督を継ぐ。幕末には長州戦争で第二次征長軍の先鋒総督に任命され、内政改革にも尽力。戊辰戦争時には病を押して新政府に協力し、藩を守るために軍資金を提供した。明治2年(1869年)、和歌山藩知事に就任し、廃藩置県後は東京へ移住。士族の自立を促し、徳義社を設立して教育支援を進めた。明治17年(1884年)、侯爵に叙され、貴族院議員も務めた。明治39年(1906年)、心臓麻痺で死去し、東京都の池上本門寺に葬られた。









