戦国時代の女性で、本願寺第9世実如の子・円如と結婚し、第10世証如の母となった。夫の円如が33歳で死去した後、29歳で薙髪し融誓と称した。実如の死後、証如が10歳で第10世宗主となると、外祖父の蓮淳が後見となり、慶寿院はその支えとなった。天文の錯乱で山科本願寺が焼き討ちされると、証如は大坂本願寺を新たな本拠地とした。証如の死後、息子の顕如が本願寺を継承する際、慶寿院は顕如の頼る存在となり、外交や朝廷との関係構築に尽力した。正親町天皇の即位式に資金を献上し、顕如が門跡に列せられるなど本願寺の地位向上に貢献した。元亀2年(1571年)、79歳で死去。
主な祖先
慶寿院鎮永尼の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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