系譜で辿る日本史

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准秀じゅんしゅう

准秀

興正寺第19世

氏族藤原北家日野家流
生没1607年 - 1660年
位階
官職
幕府職

江戸時代前期の浄土真宗の僧。京都興正寺第19世として活動。15歳で西本願寺にて得度し、父の死後に興正寺を継ぐ。1653年(承応2年)、西本願寺能化と肥後国延寿寺の間で宗論が起こり、月感を支持して『安心相違覚書』を著すが、西本願寺門主に批判される。この論争は幕府の裁定に持ち込まれ、最終的に越後国今町に流罪となるも1658年(万治元年)に赦免される。54歳で死去。

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