系譜で辿る日本史

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浅野忠あさのただし

浅野忠

三原浅野家11代

氏族称・清和源氏土岐氏流
生没1819年 - 1892年
位階
官職
幕府職

広島藩の筆頭家老であった浅野忠は、幕末に藩政改革を試みるも失敗し、病を理由に隠居を命じられた。その後、領地の三原で洋式兵法を採用し、砲台を築くなど軍備の強化に努めた。文久2年(1862年)には藩政に復帰し、軍制改革を進めた。明治元年(1868年)には政事堂副総督に就任し、明治5年(1872年)に厳島神社の宮司となった。明治25年(1892年)に74歳で没し、大正5年(1916年)には正五位を追贈された。

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