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家系図の見方
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会津松平家3代当主
江戸時代前期から中期にかけての大名である。陸奥国会津藩の3代藩主として家督を継ぎ、藩政を担った。徳川家康の曾孫で、保科正之の六男として生まれた。初めは保科正信と名乗り、後に正容に改める。元禄9年(1696年)には松平姓と三つ葉葵の紋の永代使用が許可され、徳川一門としての地位を確立した。藩主在職中に死去し、家督は八男の容貞が継いだ。拝領妻の慣習が多く見られ、特に側室を家臣に下げ渡すことが頻繁だった。これにより『拝領妻始末』の題材ともなった。吉川惟足の弟子を召抱え、徳川吉宗の理髪も行ったとされる。
松平信光
9親等祖先