江戸時代中期の高家旗本である。能登系高家畠山家の5代当主として活動。享保5年(1720年)に誕生し、元文元年(1736年)に高家旗本の畠山義躬の養子となる。元文4年(1739年)に8代将軍・徳川吉宗に御目見し、翌年には家督を相続する。延享2年(1745年)に高家に就任し、飛騨守を拝命。後に従四位下に昇進し、下総守に改める。宝暦12年(1762年)に高家肝煎に就任し、従四位上に昇進。明和4年(1767年)に辞職し、明和6年(1769年)に隠居。寛政11年(1799年)に80歳で死去する。
主な祖先
畠山義紀の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫











