系譜で辿る日本史

選択中の人物

姉小路定子あねがこうじさだこ

(開明門院)

姉小路定子

桜町天皇の典侍

女院

氏族藤原北家閑院流姉小路家
生没1717年 - 1789年
位階
官職 典侍
幕府職

享保13年(1728年)頃、東宮上臈として宮廷に出仕。桜町天皇の典侍を務め、後に桃園天皇の母となる。延享4年(1747年)に従三位に叙せられ、桃園天皇の急死後、宝暦13年(1763年)には准三宮を経ずに院号宣下を受けた。天明2年(1782年)に剃髪し、7年後の寛政元年(1789年)に72歳で逝去。墓所は京都市上京区の清浄華院にある。

更新
主な祖先

平忠盛

20親等祖先

源師房

20親等祖先

清原宣賢

8親等祖先

菅原為長

17親等祖先

飛鳥井雅経

16親等祖先

細川頼有

12親等祖先

大江匡房

20親等祖先

吉田兼見

7親等祖先

平清盛

19親等祖先

吉田経房

19親等祖先

姉小路定子の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

主な子孫