系譜で辿る日本史

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武藤資頼むとうすけより

武藤資頼

少弐氏初代当主

氏族藤原北家秀郷流
生没1160年 - 1228年
位階
官職 大宰少弐
幕府職鎌倉幕府肥前・筑前・豊前・壱岐・対馬守護

武藤資頼は平安末期から鎌倉初期にかけて活躍した武将で、源頼朝の家人として仕えた。一ノ谷の戦いで平知盛の部将から梶原景時を頼り投降し、後に赦されて御家人となった。頼朝の嫡男・頼家の元服式で有職故実を指導し、奥州合戦で功績を上げ、出羽国大泉庄の地頭に任ぜられる。九州に派遣され鎮西奉行、筑前国など5国の守護に就任。嘉禄2年(1226年)には大宰少弐職に任ぜられた。承天寺を創建し、宋商人の援助を受けた。子孫は少弐氏として北九州で発展した。

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主な祖先

武藤資頼の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

主な子孫

鍋島綱茂

17親等子孫

鍋島光茂

16親等子孫

鍋島元茂

15親等子孫

鍋島直寛

18親等子孫

鍋島吉茂

17親等子孫

多久茂孝

20親等子孫

多久茂堯

19親等子孫

鍋島勝茂

14親等子孫

鍋島直与

19親等子孫

鍋島直茂

13親等子孫