薩摩国島津氏の分家、薩州家5代当主。薩摩守護で本宗家の奥州家島津勝久を圧迫し、家督を奪おうとした。勝久を豊後国へ追放し、島津貴久とその父・忠良を滅ぼそうとするが、天文6年(1537年)に忠良と会談するも要求を受け入れず、戦いが続いた。天文8年(1539年)の戦いで敗れ、貴久に降伏し出水に隠棲。天文22年(1553年)に上洛後、帰途で発病し、出水で死去。実久の行動は単なる謀叛ではなく、反勝久派の重臣による新当主擁立とされる。死去まで島津氏当主の立場から忠良・貴久父子と戦い続けた。
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島津実久の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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