系譜で辿る日本史

選択中の人物

諫早茂洪いさはやしげひろ

諫早茂洪

龍造寺諫早家12代当主

氏族藤原北家隆家流
生没1797年 - 1845年
位階
官職
幕府職

江戸時代後期の武士で、肥前国佐賀藩士の一員。諫早鍋島家の12代当主として、藩内で大名並みの知行二万六千石を有し、強い影響力を持つ。享和元年(1801年)に父が嫡を辞した後、文化9年(1812年)に家督を相続。藩主・鍋島斉直、斉正に仕え、特に長崎港の警備や江戸詰の役を果たした。文政8年(1825年)には母の希望で領内に弘法大師の座像を設置し、諫江八十八ヵ所霊場を勧請。弘化2年(1845年)に49歳で死去し、菩提寺の天祐寺に葬られた。

更新
主な祖先

鍋島直茂

8親等祖先

少弐経資

19親等祖先

龍造寺隆信

9親等祖先

鍋島勝茂

7親等祖先

諫早茂洪の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

主な子孫