江戸時代前期の大名である。越前木本藩、越前勝山藩、越前大野藩の藩主を歴任し、明石松平家の祖となる。元和9年(1623年)、兄の松平忠直の隠居に伴い、越前木本藩2万5千石の藩主となる。寛永12年(1635年)には加増され、越前勝山藩3万5千石に移封。正保元年(1644年)、さらに1万5千石の加増を受け、越前大野藩5万石の藩主となる。大野藩では寺社の諸役免除や寄進を行い、商人からの借金を抱えながらも財政再建に努めた。幕府の課役負担を果たしつつ、江戸城や日光霊廟の普請にも貢献した。延宝6年(1678年)に75歳で死去し、三男の直明が跡を継いだ。



