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康俊系本多家2代
江戸時代前期の大名である本多俊次は、文禄4年(1595年)に下総小篠で生まれる。慶長15年(1610年)に従五位下・下総守に叙任され、大坂の陣で武功を挙げる。元和7年(1621年)、父の死去により家督を継ぎ膳所藩主となるが、すぐに三河西尾に移封される。その後、遠江掛川城の守備を務め、寛永13年(1636年)に伊勢亀山へ移り、慶安4年(1651年)には再び膳所藩主となる。寛文4年(1664年)に次男に家督を譲り隠居し、寛文8年(1668年)に膳所で死去した。享年74。
大江匡房
20親等祖先
大江広元
17親等祖先
松平信光
7親等祖先
松平忠興
7親等子孫
相馬益胤
池田隆政
11親等子孫
相馬充胤
8親等子孫
近衛文隆
佐竹義栄
佐竹義春
10親等子孫
伏見宮博明王
津軽義孝
細川行芬