系譜で辿る日本史

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一条美賀子いちじょうみかこ

(徳川美賀子)

一条美賀子

徳川慶喜の正室(御台所)

氏族藤原北家閑院流菊亭家
生没1835年 - 1894年
位階
官職
幕府職

婚約者であった一条忠香の娘が病に倒れたため、忠香の養女として徳川慶喜と婚約し、江戸に下向して結婚。安政5年(1858年)に女子を出産するが、すぐに夭折。その後、慶喜の将軍就任や王政復古に伴う混乱で長期間別居生活を送る。明治維新後は東京で暮らし、慶喜の謹慎が解かれた後に静岡で再会。慶喜の側室の子供たちを実子として育てる。明治27年(1894年)に乳癌で死去。享年60、墓所は東京の谷中霊園。辞世の句が知られる。

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