系譜で辿る日本史

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徳大寺公城とくだいじきんむら

徳大寺公城

徳大寺家24代当主

氏族藤原北家閑院流徳大寺家
生没1729年 - 1782年
位階従二位
官職 権大納言
幕府職

江戸時代中期の公卿で、従二位・権大納言に任じられた。元文5年(1740年)に叙爵し、清華家当主として急速に昇進。寛延元年(1748年)に従三位となり公卿入りする。延享4年(1747年)には桃園天皇の近習に選ばれ、天皇の教育を担当した。公城は竹内敬持の学説を天皇に説き、朝廷の権力回帰を促したが、これが関白一条道香との対立を深める原因となった。宝暦8年(1758年)には天皇の命で官職を辞し蟄居させられるも、安永7年(1778年)に赦免された。明治24年(1891年)に従一位を追贈され、名誉が回復された。

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