安土桃山時代から江戸時代前期にかけて活動した相良頼房は、相良氏の第20代当主として肥後人吉藩の初代藩主を務めた。幼少期に島津義久の人質として薩摩に送られたが、兄の急逝により12歳で家督を継承。島津氏に従い、大友氏攻めに参加するなど活躍した。豊臣秀吉の九州征伐後は、秀吉に仕え所領安堵を許され、文禄の役や慶長の役で戦功を挙げた。関ヶ原の戦いでは、石田三成側から徳川家康側に寝返り、領地を安堵された。晩年には家督を長男の頼寛に譲り、1636年に63歳で死去した。彼の統治下で相良藩は繁栄し、島津家との関係も良好であった。


