系譜で辿る日本史

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相良頼喬さがらよりたか

相良頼喬

相良氏22代当主

氏族藤原南家為憲流
生没1641年 - 1703年
位階従五位下
官職 遠江守
幕府職肥後人吉藩主

肥後国人吉藩の3代藩主として、寛文4年(1664年)に家督を継ぐ。藩政においては土木工事に力を注ぎ、特に藩士の林正盛が自費で行った球磨川の開削工事を支援し、寛文5年(1665年)に完成させた。この工事により下流の八代までの船での行き来が可能となり、領内の発展に寄与した。貞享4年(1687年)には、真宗信者の集団自殺事件が発生。人吉藩は薩摩藩と共に真宗の信仰を禁止しており、密告によって信仰が発覚し、捕り手を向かわせる前に信者が入水自殺を図った。元禄16年(1703年)に63歳で死去し、跡は従弟で養子の頼福が継いだ。

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