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宍戸就俊ししどなりとし

宍戸就俊

長州藩士

氏族宇都宮氏流小田氏庶流
生没1601年 - 1671年
位階
官職 大学頭 丹後守
幕府職

江戸時代前期の長州藩士で、毛利氏の重臣宍戸元続の次男として生まれる。元和6年(1620年)、父の隠居分であった1000石を毛利輝元・秀就父子から相続することが認められ、秀就から「就」の偏諱と大学頭の官途名を受ける。寛永9年(1632年)には「八郎左衛門尉」、慶安元年(1648年)には丹後守の受領名を与えられるなど、藩内で重きをなした。寛文11年(1671年)に71歳で死去。

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