系譜で辿る日本史

選択中の人物

毛利就盈もうりなりみつ

毛利就盈

厚狭毛利家の7代当主

氏族大江氏季光流毛利氏
生没1739年 - 1776年
位階
官職
幕府職

元文4年(1739年)、徳山藩主毛利広豊の六男として生まれる。叔母の嫁ぎ先である厚狭毛利家の毛利元連の婿養子となり、藩主毛利重就の偏諱を受けて就盈と名乗る。宝暦11年(1761年)、養父元連が藩主後継問題で咎めを受けて隠居したため、家督を相続。幕府巡見使が萩を訪れた際には防火責任者を務め、宝暦14年(1764年)には朝鮮通信使の接待役を担当。明和7年(1770年)には萩留守居役を任じられ、明和9年(1772年)に国家老・執政、江戸当役となる。安永5年(1776年)に38歳で死去し、家督は養子の就宣が継いだ。

更新
主な祖先

三浦義澄

18親等祖先

伊東祐親

19親等祖先

三浦義明

19親等祖先

大江広元

17親等祖先

内藤興盛

6親等祖先

毛利元就

6親等祖先

三浦義村

17親等祖先

大江匡房

20親等祖先

毛利就盈の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

主な子孫