平安時代中期の公卿である藤原兼隆は、幼い頃から嫡男として育ち、武官としての経歴を積む。父・道兼の急死後、叔父・道長の側近として活動し、長保4年(1002年)に従三位に昇進する。若くして参議に任ぜられるが、道長の子たちに昇進で先を越される。長和2年(1013年)には厩舎人を殴殺させる事件を起こし、翌年には井戸の使用を巡るトラブルで略奪を行うが、その後は低姿勢で補償を行った。晩年は出家し、天喜元年(1053年)に69歳で死去。
主な祖先
藤原兼隆の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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