天文20年(1551年)に生まれ、戦国時代から江戸時代初期にかけて活躍した女性。島津義虎に嫁ぎ、忠隣、忠清、忠栄、忠富、忠豊の子をもうける。天正13年(1585年)に夫が亡くなり、家督は長男・忠辰が継ぐが、文禄の役で忠辰が助力しなかったため、文禄元年(1593年)に名護屋に連行される。忠辰の改易後、薩州家は断絶。文禄2年(1593年)には小西行長により子らが宇土に連行される。慶長8年(1603年)に上井で死去、享年53。戒名は「蓮昌妙守庵主」。
主な祖先
島津御平の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫





















