系譜で辿る日本史

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藤原兼経ふじわらのかねつね

藤原兼経

平安中期の公卿

氏族藤原北家道綱流
生没1000年 - 1043年
位階正三位
官職 参議
幕府職

平安時代中期の公卿である。藤原道長の養子として、寛弘8年(1011年)に元服し、左大臣・道長の子として従五位上に直叙される。各種官職を経て、寛仁2年(1018年)には19歳で従三位となり公卿に列する。治安3年(1023年)に参議に任ぜられるが、病により昇進が停滞。長暦元年(1037年)に正三位に至る。豊明節会では舞姫の事件に関与し、検非違使に引き渡すなどの行動を見せたが、自身も問題を起こす。長久4年(1043年)に病気で出家し、44歳で薨去。敦家の子孫は院政期に公卿となるが、室町時代に断絶。

更新
主な祖先

中臣鎌足

11親等祖先

皇極天皇

11親等祖先

阿倍比羅夫

12親等祖先

藤原是公

9親等祖先

藤原冬嗣

7親等祖先

藤原内麻呂

8親等祖先

藤原麻呂

10親等祖先

文徳天皇

6親等祖先

嵯峨天皇

7親等祖先

舒明天皇

11親等祖先

藤原兼経の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

養父
    配偶者
    主な子孫

    冷泉為相

    6親等子孫

    一条内経

    9親等子孫

    一条実経

    7親等子孫

    藤原頼経

    7親等子孫

    藤原俊成女

    6親等子孫

    仲恭天皇

    7親等子孫

    藤原惺窩

    14親等子孫

    近衛兼経

    6親等子孫

    鷹司基忠

    8親等子孫

    九条忠家

    7親等子孫